IHIと原子力発電所部品の増産投資

installation of solar panels エネルギー
Photo by Trinh Trần on Pexels.com

IHIは総合機械メーカーとして、航空エンジンから社会インフラ・産業機械まで幅広く手がけています。 近年、同社はエネルギー事業に注力しており、特に原子力分野では、発電所建設から廃炉までライフサイクル全体をカバーする事業を推進しています。IHIの原子力分野における強みは、横浜工場で製造する高品質の圧力容器や格納容器など重要機器の製造技術です。実際、IHIは世界トップクラスの圧力容器製造能力を有しており、原子炉用鋼製モジュールや燃料リサイクル設備(ガラス固化装置)など国内唯一の技術も保有しています。こうした技術力を背景に、IHIは日本の原子力発電所で使われる格納容器や圧力容器の主要サプライヤーとして長年の実績を築いてきました。

原子炉主要部品の安全機能(図解)

図1:原子炉圧力容器(左)と燃料集合体(右)の模式図。


原子炉圧力容器は、核分裂を起こす燃料集合体(燃料ペレットが収められた燃料棒の集合体)とその周囲の冷却材を封じ込める厚い鋼鉄製容器です。ここで核反応による高温高圧の蒸気が発生し、タービンを回します。一方、格納容器(原子炉建屋)はさらに外側を覆う巨大な密閉空間で、燃料容器に万一の事故が起きても、放射性物質を大気に放出させない最後のバリアとなります。格納容器は通常は鋼鉄やコンクリートでできており、爆発や大地震にも耐える設計です。これらの構造により、通常運転時から重大事故時に至るまで、放射性物質を発電所敷地内に封じ込めることを主な役割としています(定格外事故時の圧力上昇を抑制するサプレッションプールなども設けられています)。図1は原子炉圧力容器と燃料集合体の構造イメージで、燃料棒が格納容器内に収まり、圧力容器がそれを密閉する構造になっています。格納容器や圧力容器などの部品は、安全性を確保するために最も厳しい品質基準で設計・製造されており、耐震・耐爆発性能が求められます。

世界の電力需要増と次世代原子炉への期待

近年、世界的に電力需要が急速に増加しており、特にAI(人工知能)の普及に伴いデータセンターの電力消費が急伸しています。IEA(国際エネルギー機関)の報告では、データセンターの電力消費量は2030年までに2024年比で約2倍の約9.45兆kWhに達し、これは現在の日本の総電力消費量を上回る見通しです。この需要増の最大要因はAI関連で、米国を中心にデータセンターの需要が電力需要増の約半分を占めると予測されています。Gartnerの分析でも、世界のデータセンター消費電力は2025年の448TWhから2030年に980TWhへと倍増する見通しで、AI最適化サーバーがその成長を牽引し2030年には全体の44%を占めるとされています。こうした恒常的な大量電力需要を支える安定した電源が求められる中で、太陽光・風力などの再エネは天候依存性があるため、安定的なベースロード電源として原子力が改めて注目されています。

さらに、次世代原子炉(SMRなど)の開発・商用化も進んでいます。特に米国では、小型モジュール炉(SMR)の有力候補であるNuScaleが設計認証を取得し、GoogleやMicrosoftなど大手IT企業もSMR開発を支援しています。実際、世界のIT企業は総出力2,000万kW以上のSMRへの出資を計画しており、2025年4月時点で高速導入が見込まれるSMR初号機が2030年頃の運転開始を目指していると報告されています。このように、AI/データセンターの需要増加と次世代原子炉の実用化があいまって、原子力産業への投資が活性化しています。

日本国内の再稼働・新設動向と人材・設備増強

日本でもエネルギー政策が見直され、原子力の再活用方針へ大きく転換しています。2025年2月に改定された第7次エネルギー基本計画では、原子力を「最大限活用」する方針が明記され、原子炉の運転期間延長や次世代炉推進が法律に規定されました。こうした政策転換やAI需要増の見通し変化により、計画当初は需要減と見込まれていた電力需要は急増へと修正され、日本の2034年度電力需要は2024年度比6%増となると経済産業省も予測しています。

実際、東電・柏崎刈羽6号機が2026年1月に再稼働したのを皮切りに、日本で運転可能な33基の原子炉のうち15基が運転承認済みとなりました。今後も浜岡や志賀など審査中の原発で再稼働の動きが続き、廃炉を除く現行原発の大半が稼働を再開する見込みです。これに伴い、原発向け部品の需要増加だけでなく、技術者や熟練作業員の確保・育成も急務となっています。IHIをはじめとするサプライヤー各社は、製造ラインの拡張や人材育成計画を進めており、原子力関連の受注増に対応しながら技術継承に努めています。

世界の原子力需要予測とIHIの海外戦略

世界的にも原子力の需要は拡大傾向にあります。IAEA(国際原子力機関)の推計では、2024年の世界原子力電源容量377GWが**2050年には約2.6倍(約992GW)**に増える高位シナリオが示されています。さらには政府目標を全て達成すれば、2050年に全球の原子力容量は1,446GWにまで拡大するとも予測されています。特にアジアでは中国・韓国を中心に大型新設や寿命延長が進み、欧州・米国でも次世代炉の導入機運が高まっています。

こうしたグローバル需要を背景に、IHIは海外戦略を強化しています。代表例が米NuScale社(SMR開発企業)との協業です。IHIは2021年にJGCとともにNuScaleへ出資し、さらに2022年にはJBIC(国際協力銀行)と連携してNuScale開発を支援する特別目的会社に出資しました。これによりIHIはSMR事業に参画し、最新技術の共有と市場開拓を目指しています。実際、横浜工場ではNuScale向けの格納容器および原子炉建屋鋼製モジュールの実大モックアップ製作を進めており、地元企業との供給網も検討中です。IHIはこうした取り組みを通じて、日本国内外のSMRプロジェクトに部品・技術面で貢献し、グローバル市場での存在感を高めようとしています。

原子力の「安定電源」としての再評価

原子力発電はベースロード電源としての特性も再評価されています。DOE(米国エネルギー省)によれば、原子力発電所は稼働率(容量係数)が約92%と非常に高く、同時に天然ガス火力や石炭火力の約2倍、風力・太陽光の約3倍に相当する信頼性を持ちます。図2は米国の2020年発電電源別の稼働率を示したもので、原子力(92.5%)が群を抜いて高いことが分かります(風力約35%、太陽光約25%)。このように原子力は「常にほぼ全力で発電し続けられる」安定源であるため、変動の大きい再エネを補完する役割が期待されます。実際、国内外の大手IT企業が発電所の全量買い取り契約を結んだり、データセンター向け電力として原子力を選択する例も出てきています。この背景には、脱炭素化と電力安定供給の両立という課題があり、「原子力×再エネの共存」という新しいエネルギーミックスへの注目が高まっています。

原子力事業のリスクとIHIのバランス戦略

一方で原子力には政治的・安全上・世論的なリスクも伴います。国内では福島第一事故以降、厳格な新規制基準が導入され再稼働審査は長期化する傾向にあります。最近でも志賀原発(能登半島地震で想定外の揺れが発生)が再稼働審査に影響を及ぼしたほか、敦賀2号機・浜岡原発では耐震データの改ざん問題が発覚し審査中断に至りました。また、使用済燃料の最終処分地も未定で、技術者育成や地域理解確保の課題も残ります。世論調査でも、原発再稼働に「賛成」と回答する割合は約48%で「反対」の20%を上回っていますが、全体の約30%が「わからない」と答えており、信頼回復にはなお時間を要すると見られています。

こうした環境下、IHIは原子力事業において成長機会とリスクのバランスをとる戦略を取っています。具体的には、原子力部品・技術の提供に注力しつつ、同時にメンテナンスや廃炉などバックエンド分野の強化にも務めています。技術や品質管理の徹底、安全規制の順守を重視しながら、同時に水素・アンモニア発電や再エネ関連事業など幅広いエネルギー技術開発も進めており、事業ポートフォリオの多角化によってリスク分散を図っています。原子力事業についてIHIは「次世代原子炉への対応を進めつつ、安全と社会的信頼の確保を両立させる」ことを目標としています。今後も国内外の政策動向や需要を注視しながら、原子力産業の重要サプライヤーとして安定供給と安全技術を支えていく姿勢です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました